判断能力が不十分になった方を法的に保護する制度として後見制度があります。そのうち、判断能力が残っている本人が契約を交わして利用を始めるのが「任意後見制度」です。事前に委任内容を考えることができるため、より本人の希望に沿う形でサポート体制を整えることが期待できます。
ただし、任意後見制度も法律に則り、所定の手続を進めなければ利用を開始することができません。そこで当記事では任意後見を開始するまでの流れを紹介し、必要になる手続、そして費用についても解説していきます。
目次
任意後見制度を利用する流れをごくシンプルに表現すると、次の3つに分けることができます。
法定後見制度と異なり、後見事務の委任先を本人が探し出すところから始まります。そして自ら契約を締結しないといけません。また、当事者間の契約のみでその効力を生じさせることはできず、任意後見であっても家庭裁判所への申立が必要です。
任意後見制度を利用するためには、後見事務の担い手となる人物を探さないといけません。のちに「任意後見人」となる人物の選定作業に入るのですが、契約段階では「任意後見受任者」と呼ばれます。
任意後見受任者はその時点で任意後見人となることが予定されているものの、確定はしていません。実際に任意後見を開始する時点で問題が発生すると、任意後見人になれないこともあります。
任意後見人は基本的に誰でもなることができますが、民法で規定されている欠格事由に該当する人物は除かれます。
(後見人の欠格事由)
第八百四十七条 次に掲げる者は、後見人となることができない。一 未成年者
二 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人
三 破産者
四 被後見人に対して訴訟をし、又はした者並びにその配偶者及び直系血族
五 行方の知れない者
成人しているなど、欠格事由に該当しない方であれば、特別な資格を持っていなくても任意後見人になれます。そのため家族や友人などの親しい仲にある人物を指定することもあります。とはいえ財産の管理を適切に行うだけの知識や経験を持っているほうが安心ですので、税理士や弁護士などの専門家に依頼するケースも多いです。
任意後見人としてふさわしいと考えられる人物の特徴を以下にまとめます。
任意後見受任者が定まれば、その方と「任意後見契約」を締結します。
任意後見契約は、本人が精神上の障害(認知症、知的障害、精神障害など)によって判断能力が不十分になったとき、自分の生活・療養看護・財産の管理に関する事務の代理権を付与するための委任契約のことです。
任意後見契約で定める委任事項は、本人が考えて決めていきます。何を任せたいのか、どれだけの権限を与えるのか、慎重に検討する必要があります。
なお、任意後見契約は任意契約の1種であり、代理権付与の対象となる事務であることから、記載できるのは法律行為に限定されます。身の回りのお世話、介護といった事実行為は定めることができません。
よくある委任事項をリストアップします。
任意後見契約書は公正証書として作成しなければなりません。
(任意後見契約の方式)
第三条 任意後見契約は、法務省令で定める様式の公正証書によってしなければならない。
公証人が契約書作成に関与することで、適法かつ有効な契約が締結されることを担保するためです。
公正証書の作成にあたっては、まず、委任者と受任者が契約書の内容を考案することから始めます。その後公証人とともに契約書案について検討を進め、内容を完成させます。
そして作成日時を定め、当日、本人と任意後見受任者双方が公証役場に出向いて、公証人に公正証書を作成してもらいます。
※身体障害などの理由で直接出向くのが困難である場合、公証人を本人の自宅や入所施設に呼んで作成してもらうことも可能
任意後見契約の公正証書作成後は、公証人が法務局に対して登記を嘱託します。これを受け、任意後見契約に関する登記がなされます。よって、このときの登記は、商業登記や不動産登記のように当事者が手続を行う必要がありません。
任意後見契約の登記後、本人の判断能力が衰えたとき、本人・任意後見受任者・配偶者・4親等以内の親族のいずれかが、家庭裁判所に対して「任意後見監督人の選任の申立」を行います。
※自己決定権尊重の観点から、任意後見監督人選任の申立を本人以外がするとき、本人の同意が必要
本人の住所地を管轄とする家庭裁判所に対して、「申立書」と添付書類を提出することで申立を行います。
申立を受け、判断能力が不十分な状態にあると家庭裁判所が認めたとき、任意後見監督人は選任されます。そしてその結果を受け、任意後見契約の効力も発生することとなります。
ただし、任意後見受任者に「不適任」と評価されるような事由があるときは申立が却下されてしまいます。
以上の手続を経て、任意後見人が後見事務をスタートさせます。
任意後見人に対しては、契約に定めた事項のほか任意後見契約法や民法で規定された義務も課されており、それに関連して発生する職務もあります。例えば次のような職務です。
結局のところ、任意後見制度であっても、任意後見監督人を介して家庭裁判所の間接的な監督を受けることとなります。当事者の好きなように後見制度を利用できるわけではなく、任意後見人のできることにも限りがあります。
逆に言えば、任意後見制度であっても家庭裁判所の関与を受けることにより、任意後見人の事務処理の適正さが担保されるようになっているということです。そのため本人の判断能力が不十分になったとしても、安心して財産管理等を任せられます。
実際、本人を法的に保護するために有用な制度であり、任意後見制度が始まった2000年以降、任意後見監督人選任の審判は徐々に増加しています。最近も全国で年間数百件の審判がなされています。
任意後見制度の利用には費用がかかることも忘れてはいけません。
少なくとも「公正証書の作成」「任意後見監督人選任の申立」は固定で発生しますし、本人の資力などに応じて「任意後見人や任意後見監督人に対する報酬」も発生します。
任意後見制度の利用にあたり専門家に相談をするときは、相談料や依頼費用などもかかってきます。
任意後見制度の準備過程で必要になる費用が「公正証書の作成費用」です。
次の費用が発生します。
公正証書の作成費用の内訳 | |
---|---|
公正証書作成手数料 | 11,000円 |
登記用の印紙代 | 2,600円 |
登記嘱託料 | 1,400円 |
通信費(郵便切手代) | 家庭裁判所により異なる |
正本・謄本の作成手数料 | 1枚250円 |
なお、出張作成を依頼する場合は、日当2万円と交通費が発生します。また、本人や任意後見受任者の戸籍謄本や住民票などの必要書類も取得しないといけませんので、それぞれ手数料で数百円がかかってきます。
判断能力が不十分になって、任意後見監督人選任の申立をするタイミングでも費用が発生します。
任意後見監督人選任の申立にかかる費用 | |
---|---|
申立費用 | 800円 |
登記嘱託料 | 1,400円 |
通信費(郵便切手代) | 家庭裁判所により異なる |
正本・謄本の作成手数料 | 1枚250円 |
審判を下すにあたり、本人の判断能力を調べる必要があると評価された場合、鑑定を行うことがあります。このときは、鑑定費用に10~20万円ほどが発生します。
任意後見人や任意後見監督人は、その後継続して職務を遂行することになりますので、その対価として報酬を支払うことになります。
ただ、任意後見人との関係は委任契約に基づくため、報酬が発生するには別途その定めを契約書に定める必要があります。親族など身内が引き受けるケースだと無報酬にすることもありますが、適正な後見事務を期待するためにも、報酬の設定も検討すると良いでしょう。
有償となる場合は、月々の報酬額を設定することが多いです。仕事量や受任者の経済力にもよりますが、3~5万円ほどが相場とされています。
一方、任意後見監督人については原則として報酬が発生します。法律上、家庭裁判所が、本人の資力など諸般の事情を考慮し、本人の財産の中から相当額を報酬として設定することが定められています。本人が所有する金融財産の額が5,000万円以下なら月額1~2万円、5,000万円を上回るなら月額2~3万円が相場ですが、あくまでこれは目安であることに留意が必要です。
資産が多いほど複雑になり、監督業務は難しくなります。株式や投資信託、債券、別荘、賃貸物件などもあるときは、状況を確認するだけでも大変な作業ですので、その場合は相場より高く設定されやすいでしょう。
逆に監督人の仕事が少なく、たまに通帳を確認するだけというケースだと低額になりやすいです。